2018年11月5日

坂井理事長の話

 

前回は理念の誕生についてお話ししましたので、今回はホスピスの誕生についてお話し致します。

 

当院のホスピスは、当時理事長であった私の母の個人的な経験から生まれました。

 

私の父は以前当院の事務長として母を支えておりましたが、ある日健診で肝臓癌が見つかり、都内の急性期病院に入院することになりました。入院当初は色々な治療を試み、手術も数回受けましたが、完治することは無く、その後はただ何となく病室で過ごす日が多くなっていったそうです。

 

そんな中、母は仕事が終わると、車で1時間以上かかる道のりを毎日お見舞いに通っていました。父は元々陽気で明るく、家族や周りの人達にもめったに弱音を見せない人だったのですが、ある時いつものように母が病室へ入ると、父がとても暗い顔をしていました。どうしたのかと問いかけると、父は「久しぶりに顔を見せた主治医が、『もう何もすることは無い』という顔をしていた」と言ったそうです。医師や看護師に直接言われてはいないが、そのような顔をしていたとのことでした。事実、その後は今まで続けていた治療をやめ、主治医もあまり顔を見せなくなり、父は次第に生きる希望を無くしていったそうです。「それから家族と患者の苦しみが始まった」と母は言っています。

 

とうとう主治医から余命数週間と言われた時に、母は思い切って日の出ヶ丘病院に連れて来る事を決めました。医師や看護師に「死期が早まる」と大反対されましたが、父が日の出ヶ丘病院に帰ることを望んでいたので、反対を押し切り連れて帰って来ました。それから3日後に父は亡くなりました。父は最期を日の出ヶ丘病院で迎えることが出来て幸せだったのではないかと思う反面、死期を早める決断をしてしまった責任を、今でも母は重く背負っています。

 

父が亡くなった後、母は同じような苦しみを抱いている患者様とそのご家族を、病院で何とか癒してあげられないかと日々考えていました。そんなある日、たまたま別の用事で都庁に出向いた際に、緩和ケア病棟を作ってはどうかと勧められました。緩和ケア病棟について知識の無かった母が、どのような病棟なのか質問すると、「一般的に言えばホスピスです」と言われ、それが自分が求めていたものだと直感し、母は迷う事無くすぐに「やります!」と答えたそうです。

 

当初、当院でホスピス開設の話しを持ちかけると、残念ながら賛成した人は殆どいなかったと聞いています。その当時、西多摩地域では他にホスピスは無く、東京都内でも10番目となる開設でした。何も無いところから、ホスピス開設チームを立ち上げ、勉強会や講演会を開き、地域の方々やボランティアさん達を巻き込んで一大プロジェクトとして取り組み、平成12年、念願のホスピス誕生となった訳です。

 

お陰様で、当院ホスピスは今年18年目となります。これからも先人達が残してくれたこの宝物を大切に運営していきたいと思っています。

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